私の自宅には人が転がり込んできたり下宿したりという事が多かった。
そんな一緒の屋根の下で暮らした人達の中に私の想像のナナメ上を行く出世をする人がいた。
一番の想像を超えた人はつるの剛士氏。
25年ほど前の話になるが、当時私が住んでいたマンションに彼が一緒に住む事になった。正確には「遊びに来る度に彼の荷物が増えてきていつのまにか住んでいた」だった気もするが。
彼はドラマのエキストラやピザ屋のバイトをしていたのだが、あまりにも行動や話が面白いので当時私がレギュラーパーソナリティをしていたラジオの生番組に連れていって出演してもらった事があった。
すると番組のディレクターさんが彼を気に入って、いつのまにか「つるちゃんの幸せデリバリー」というコーナーが出来た。
そして彼のラジオでのトークを聞いていたレコード会社の営業の人がやって来て「彼を大手事務所に紹介したい」と言い、彼はいきなり大手事務所に所属する事になった。
よくわからないだろうが、私もよくわからない。
おいおい私がその事務所に入りたいぐらいだよ、と思うぐらいの超大手事務所2つからスカウトされてとても羨ましかった記憶がある。
一緒に住んでいたのは一年くらいだっただろうか、それから彼はウチを出て一人暮らしを始めた。
しばらくして彼から電話があった。
「俺、ウルトラマンになった」
と。
それを聞いた時は彼が何を言ってるのか全くわからなかった。何か変なものでも食べたのか、3分しか戦えない何かになったのかと思ったら「ウルトラマンダイナ」の主演になったと教えてくれた。ウルトラマンっていきなりなれるものなのだな、とビックリした。
それからも彼はコツコツと頑張り、後に皆さんご存知の「羞恥心」というユニットでお茶の間のアイドルとなり超有名人になった。
こう言うのはシンデレラストーリーっていうのだろうか、まさか一緒に同居していた人がウルトラマンになってここまで有名になるとは思いもしなかった。
しかしよくよく思い出すと、彼は一緒に住んでいた時から「俺、絶対に有名になるから」と言っていた気がする。あの当時からキラキラしていたな。
当時の2人の写真だ。
左がつるの君、右が私。(写真、許可有り)
詳しく知りたい方は彼のウキペディアを読んでいただけたらと思う。この話は彼がテレビで何度もしてるので知っている人は知っているだろう。
実はウチに一緒に住んで面白い出世した人がもう1人いた。
6年くらい前の事になるだろうか。
「俳優を目指して上京してる子がいるから面倒を見てほしい」
と知人から紹介されてウチに下宿する事になった男の子がいた。
当時、私は俳優をやりながら俳優事務所もやっていたので、これから俳優を目指す人の育成みたいな事をしていた。(現在はやっておりません)
同じ屋根の下にいた方が俳優でご飯を食べてる人間の生態系が見えるし本当に俳優になりたいか考える事が出来るのではないかと思っていたので、「本気の本気で俳優になりたいです」とお願いされた人にはとりあえず期間を決めて我が家に下宿を進めていた。もちろんボランティアではないので食費込みで月3万ほどいただいて。
知人に紹介された彼は「はい!是非お願いしたいです!」とすぐにウチに下宿する事になった。
ここからは彼をA君と呼ぶ事にする。
底抜けに明るいタイプのA君は大学に行きながら演劇の養成所に通っていた。ウチに住んだ時にはその養成所は辞めたのだが、色々と話を聞いていると俳優になりたいというやる気の割には色んな作品を見ている訳でもなく舞台もあまり観に行った事もない様だった。とりあえず共通の話題も欲しかったので映画や舞台を少しずつでも観る事を進めた。
ウチに下宿してしばらくした頃だろうか、A君が
「僕、脚本を書いてみたいです」
と言い出した。
おいおい何を言い出すんだ。俳優と脚本を出来る人を目指そうというのか?それはなかなか難易度が高いと思うぞ。しかしA君は偏差値の高めな大学に行っているし、もしかしたらもの凄い面白い脚本が書けるかもしれないな、と思い
「脚本を書く事によって俳優としても台本を深く読み込む事が出来るかもしれない。とりあえずやってみるのが良いのでは」
と、私は彼に言った。
それからA君は毎日の様に台本を書いていた。
しばらくしてA君が
「僕、この台本が出来たら舞台で演出をしたいんですよね」
と言いだした。
おいおい、脚本の次は演出だと?脚本と演出と俳優を全部こなす人を目指すのか?後々はクリントイーストウッド様でも目指すのか?それはかなり難易度が高いと思うが若いし可能性はゼロではない、と思い
「演出を経験する事によって監督が俳優に何を求めているかわかる様になるかもしれない、とりあえずやってみるたら良いと思う。まずは脚本を完成しないとね」
と私は彼に言った。A君は底抜けの明るさがあるからだろうか何を言い出しても「それは面白そうだ」と思ってしまう。
ある時、私の撮影現場に着いて来てもらった時があった。
A君は撮影現場を見てえらく感動した様だった。
しばらくして、A君が私に
「僕、撮影現場のスタッフもやってみたいです」
と言い出した。
おいおい、脚本や演出までは分かるが製作スタッフとなると演者というより完全に製作側になるという事か?しかし製作スタッフから俳優になった人もいるし遠回りかもしれないがスタッフさんの気持ちが理解できる俳優になるかもしれないと思い
「本気なら紹介するけど、、、」
と私は言った。
この時ぐらいからA君は演者側より製作側に興味を持っていた気がする。
ある時、とある撮影現場で「制作スタッフさんの人手が足りない」という事があった。
詳しく聞いたら誰でもいいから制作進行の人手が欲しいとの事だった。制作進行とは主に撮影のロケ場所を探して来たりエキストラの送迎やお弁当の手配など撮影現場がスムーズに進む様に色んな事をする仕事。
私がA君に「制作進行のスタッフさんを探してる」という話をしたら
「やってみたいです!」
と、前のめりで言うので制作スタッフさんにA君を紹介する事にした。
話はあれよあれよという間に進んでA君はすぐに制作のスタッフとして仕事をする事になった。
A君は俳優を目指してウチに来ているのに、それで良いのか?と思うかもしれないが、私としては闇雲に演技の勉強をするよりは本当に俳優になりたいかどうかを自分と向き合ってゆくのが良いと考えていた。才能や運があれば日の目を見る事は早いかもしれないが、それらを持っていなければどれだけ時間がかかるかわからない。オファーが無ければ残酷に時間は過ぎる。私には人に才能があるとか向いているとかは判断出来ないし、向いていなかったり求められていない所で長く悩んでいるよりかは早めに自分が本当にやりたい事に気がついた方が前に進める。有名になりたい、人からチヤホヤされたいだけなら違う職種でも可能だし、向いて無い事に時間を費やしたり趣味程度であれば歳を取ってからでも出来る。私がA君に出来る事は「自分は本当は何をしたいのか、俳優を本当にやりたいのか?」という事を考えるきっかけを作る事だけだ。
そう考えていたのでA君のやりたいと思う事を手助けする事にした。
俳優や脚本や演出を目指すのは一旦置いておいて、興味が出てきたドラマ製作の経験を積みたいとA君は考えていたので私の家での下宿は終了する事にした。半年ちょいの期間だったと思う。
下宿は終了したが彼は私の家の近くのアパートを借りて一人暮らしを始めた。
それからしばらくしてA君を紹介したスタッフさんから電話があったので私はA君の事を聞いた。
「A君、どうですか?」
と。
「とても言いにくいのですけど、彼は仕事は全く出来ないですね。まだ初めてだし若いというのもありますけど、今の段階では何とも言えないです」
との事だった。そこまでハッキリ言われるという事はA君は相当仕事が出来ないのだろう。私がとても申し訳ない気持ちを伝えると、スタッフさんは
「でも、彼は明るいんですよね、どんなに大変でも明るいんです」
と笑っていた。
私はA君と会って話してみる事にした。
「どう、撮影現場の仕事は?」と私が聞くと
「とっても楽しいです!仕事はハードですけど初めての経験ばかりで楽しいです」
と、A君から底抜けに明るい答えが帰ってきた。
私の頭の中は不安や申し訳なさが渦巻いていたけれども彼が本当に楽しそうだったので何も言わない事にした。撮影現場の駆け出しの仕事は肉体的にも精神的にもかなりハードで、ある日突然いなくなる人が少なくない。それでも楽しいと思えるのであればそれはきっと続ける事が出来るだろうと思ったから。
それからしばらくA君は色々な作品の撮影現場のスタッフとして参加して製作側の仕事にのめり込んでいった。
ドラマ撮影の制作は準備もあり撮影によっては数ヶ月単位の拘束になるので大学の単位が心配だったがそれも上手くやってる様だった。
一年ほど経った頃だろうかA君からLINEでメッセージが来た。
「ご無沙汰しております、お話があるので家にご挨拶に伺って良いですか」
と。
彼にしては非常にあらたまった文章だった。何かやらかしたのか?それとも俳優も製作側の仕事も諦めて実家に戻る話だろうか?
そう思いながら、家で待っていたらA君が見た事ない綺麗な格好をして手に菓子折を持ってやって来た。
いつもの底抜けな明るさはなく、えらくかしこまっていた。そして菓子折を私に差し出しつつ
「これ、つまらないものですが家族で召し上がってください」
と言った。明らかに私の知っているA君ではなかった。どうしたのだろうと思い
「話というのは、何の話だい?」
と私が聞くと
「実は、、僕、プロデューサーになりまして、、」
と、言った。私は首がもげるかと思うほどビックリした。
詳しく聞いたら、某テレビ局のグループ会社の中途採用を勧められて試験を受けたら採用されたらしくドラマ製作を担当するプロデューサーになったらしい。
「まだ駆け出しのプロデューサーなので力はありませんが自分の企画を通してドラマを作る事が出来る様になりましたら絶対にオファーをさせて頂きたいのでよろしくお願いします」
と言ってくれた。
「いやいや、無理矢理のゴリ押しはいけないよ、まぁ、私に合う役があったらそれはお願いしたいが」
と、言いつつも心の中で「もっと偉くなって私をゴリゴリとゴリ押しでドラマのキャストにぶち込んでおくれ」と思っていた。
それにしても俳優を目指していたA君が、まさか私に仕事を与えてくれるかもしれないプロデューサーになるなんて想像だにしなかった。
脚本を書きたいと言ったり演出をしたいと言ったり俳優をやってみたいと思ってたりしたのは、わからないなりにも彼の中で何かが繋がっていたのだろうか。
A君は
「俳優を目指すのは諦めたけどやりたい事が見つけられました」
と言っていた。
長くなってしまったが、以上が「一緒に住んでいた人が想像を超えたナナメ上を行く出世をした」という話だ。
つるの剛士君にもA君にも今でも会う度にとても感謝される。
もし、彼等が私と出会わなかったとしても有名になったり出世していただろう。私としてはそう思っている。
とはいえ彼等が同じ屋根の下にいた事があるというのは嬉しいものだ。
おわり。